「小規模企業」だからと言って、社員の育成に対する考え方は変わるものではないが、ケースとして多いと思うのは、「今まで何もしてこなかったので、1から作りたい」というような状況ではないかと思う。そうでないケースとしては、「あまり体系的になっていなかったので見直しをしたい」というケースかもしれない。
いずれにおいても、まず何を考えていけばいいかということと、小規模ならではのメリットというものがあるので、それがどういうものかということについて書きたいと思うので、少しでもご参考になればと思う。
まず、考慮するといい点が3つある。あるいは注意した方がいい点、と言った方がいいかもしれない。
1点目は、「社員を思い通りに育成することなどできない」ということである。これは「『人を育てようとすること』の大きな落とし穴」にも書いたことだが、「人は自分で、自分の必要性に応じて成長しようとする」のであって、「上の人の必要性に応じて育てられる」ものではない。
しかし、多かれ少なかれ体系的に育成を図っていこうとするということは、多かれ少なかれ社員を一括りに扱うことであり、下手をすると矛盾する部分である。したがって、育成体系は、経営者が「こうなってほしい」というものと同時に、社員本人が魅力的だと感じたり、メリットがあると捉えられるものである必要がある。
社員が魅力やメリットとして感じるかどうか、感じるものはどういうものか、ということは「きっとこうだろう」という決め付けを決してせずに、声を聴いてほしい。本人がどういう風になっていきたいのか、5年後、10年後に(年数は会社によるが)、本人がどうなっていたいのか、といった点である。つまり、経営者が「こうなってほしい」という像と、本人が「こうなりたい」という像のすり合わせである。
中には、本人の「こうなりたい」という像が明確になっていないケースがある。特に、期待に応えてその責任を果たし、周囲から喜ばれ、さらに重要な役割を任せられることをモチベーションの源泉とするような人は、そういう像が持てないことも多い。
そういう時にも「なりたい像」を作ることを決して強制したりしないことである。強制したところで、経営者が喜びそうな”正解”に近いものを描いてくるだけで、それではほとんど意味がない。『「やりたい仕事」の罠』という記事にも書いたが、明確な像を持っていないことは、むしろ良いことであるとも言えるし、尊重すべきことだ。
また、明確な像を持っていないことは、「何でも言いなりになる」ということを意味しない。だから、同様に声を聴くことは大事なことなのだ。「会社としてはこうなってほしいのですが、どう思いますか?」ということを問いかけてほしい。つまり、オファーして反応を見て理解してほしい。
注意していただきたいことの2点目としては、もし経営者や人事担当者が何らかの育成の方法を想定している場合は、それを一旦捨てた方がいい、ということだ。方法というのは何らかの目的があっての方法であり、目的が違えば方法は変わる、という当たり前の話があるからだが、そういうケースはとても多い。特に「研修をやろう」とお考えの場合は要注意で、『研修で人は育たない』も読んでいただければと思う。
次に3点目。先ほど書いた「会社としてこうなってほしい像」がまだ明確でなければ、それを考えるのは大変良い機会だと思うのだが、おそらく5年後ぐらいに会社としてはこういう事業戦略の方向性だから、人材像としてはこう、と考えたくなると思う。
しかし、これは私の持論だが、事業戦略と人材育成は完全にリンクさせない方がいい。もちろん、事業戦略が要求するテクニカルスキルはリンクさせて当然なのだが、それ以外ではリンクさせない方がいいだろう。なぜなら、事業戦略は短中期で変わり得るものだし、その傾向はほとんどの業界でますます強まっている。ところが人材育成は短中期でできるとは限らないからだ。「いつまでに一人前になってもらう」という目標のようなものは、あってもいいが、実際にそうなるとは限らない。そうこうしている間に事業戦略が変わるということが多い。いくら経営者が長期的な戦略を描いていても、環境変化によってそれが変わらざるを得ないケースが多いからだ。ビジョンも同様のことが、ある程度言える。
したがって人材育成は、企業としての理念やミッションと結び付ける方がいいはずである。事業戦略がどう変わっても、あるいはもっと極端に言えば、今ある事業を全部撤退し、他の事業をやっていたとしても、変わらないものに人材育成を基づかせるべきである。
そういうわけで、「会社としてこうなってほしい像」がまだ明確でなければ、自社の理念とはどういう意味が込められているのか、人材像として求めるなら具体的にどういう行動になるのか、どういう考え方になるのかということを、経営者が考えることや、幅広い関係者が議論することは長期的な目線に立てば大変重要なことだ。
そうして「会社としてこうなってほしい像」をある程度明確にできたら、先ほどの1点目の「経営者が『こうなってほしい』という像と、本人が『こうなりたい』という像のすり合わせ」ができるようになる。そして、すり合ったところの全体像が先述の2点目の「目的」となり、そこでようやく「手段」を考えることができる。
最初に書いたように、これをやる上で「小規模企業ならではのメリット」がいくつもある。
まず、上記のすり合わせは、大規模だととてもできない。それも経営者が直接できるかもしれない。それは非常に貴重なことだと思う。そこに時間を費やすことを何よりも優先すべきだ、とまでは思わないが、そうしたことができればできるほどいいだろう。
それは経営者自身にとってもいい。なぜなら、理念やミッションをそこまで深く考えたことはない、という人の方が多いだろうし、社員への提供価値をじっくりと考えることにもなるからだ。経営者というのは、3方向に価値を創造して提供する役割がある。対投資家(株主など)と、対顧客と、対社員である。小規模になればなるほど、対社員は多かれ少なかれ疎かになりやすい。もしそうなら、対社員の提供価値の創造方法を考えることは、経営者にとっての次のステージに上がることだと考えていただいていいはずだ。
それから、理念について幅広い関係者と議論するとすれば、それは小規模なら主要な社員(役員を含む)全員と議論できるケースも少なくないだろう。その機会は結束を固めることにも利用できるし、会社へのロイヤリティを高めることにも利用できるだろう。それは現実的なことを言えば、離職予防にもなるかもしれない。それに、短期志向になりやすい日頃の業務から、目線を長期に引き上げるチャンスにもなる。
宮田 丈裕 (当社代表)
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