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御社ではしていませんか?【ひどい採用面接①】「いきなり志望動機の質問」

新卒採用のほとんどのプロセスがリモートになっている中、そのやりにくさを乗り越えながら採用プロセスを進めている方々、就職活動中、あるいは就活を終えた学生さんは本当に大変だと思う。頭が下がる思いである。 その上で申し上げたいのだが、もちろん、ほんの一部でしかないが、最近、就活中の学生さんの声を聴く機会があった。その中で、「これはひどい面接方法だな」と思うことが何度もあった。ここではその1つ、「志望動機に関する質問」について書きたいと思う。私は志望動機をしつこく聞きまくることにそんなに大きな意味はないと考えている。それは表現方法の巧みさは測れても、志望動機の強さは必ずしも測れない。 志望動機を面接中に質問する企業は非常に多い。それ自体を批判するつもりもない。本当にやる気の高い人、それが持続しそうな人を採用したいという意図だろう。 ただし、そういう質問をする方々は、学生さんの視点に立って考えてみたことがあるだろうか。学生さんにしてみれば、志望動機を聞かれれば、自分の長所とその企業の長所をなんとか結び付け、いかに自分を採用することに意味があるかということを(無理やりにでも)話したいだろう。 しかしながら、学生さんに、そもそもそんなに強い希望があるだろうか? もちろん、一部にはあり得るが、非常に多くのケースではこのぐらいのはずである。 「何をやりたいかといっても、特に具体的な希望があるわけではない。かといって、むやみやたらと様々な業種の企業の、様々な職種を希望するのは現実的ではない。だから一応、業種や職種を絞ってはいるが、そこに確信があるわけでもない。楽していっぱい稼げたら一番いいけど、そんなものがないのは分かっている。せめて、やりがいが見出せて、良い上司や先輩や仲間に恵まれて楽しく仕事して、給料も高望みはしないけど、安すぎない企業に就職したい。その中でたまたま情報を見て応募してみた。もちろん、内定をもらえるなら考えたい候補ではあるけど…。」 私が学生さんの声を聴き、本音を推測するところによれば、特に技術職以外では非常に多くのケースでこの程度である。 それにも関わらず、面接まで進むと、当たり前のように面接官は「うちの会社の志望する理由を教えてください。」と、なんならかなり早い段階で質問をする。あるいは、会社説明会なのにいきなりそんなことを聞かれたという声もあった。あるいは、エン...

我事化とは何か?(ドリルの受検対策①)

「イノベーション人材」にとって、我事化は最重要の能力項目の一つだと言っていい。我事化とは、何らかの事柄を自分のこととして捉えて能動的な行動に繋げることである。「当事者意識」と言い換えてもいい。我事化の逆は「他人事」にすることであり、建設的でない評論や愚痴はこの典型例と言える。 対談の中で古森剛氏も語っている が、架空の質問に対する答えとして「私ならこうする」というような言い方をする人は我事化の力が高いことが多い。我事化が弱い人の典型像は、誰かが出した答えに対する論評はやたらと立派で賢く見えることがあるかもしれないが、自分がやるとなると言い訳をつけたがったり、保険をかけたがったりして、返って来た結果に対しては自分の責任をあまり感じずに、むしろ他人のせいにしたりもする。 もちろん、我事化の力が高い人でも、我事化しない事柄もある。だからこそ、イノベーション人材の最も基本的な能力として我事化と知的好奇心がセットなのだが、ただ、我事化のスイッチを入れようと決めたことに関して我事化できるかどうかは大きな差がある。ある意味「やる気スイッチ」と呼んでもいいかもしれないし、「コミットメント」にもかなり共通した側面があると思う。 既にご想像されているかもしれないが、我事化が大事なのは、イノベーション人材に限らない。我事化は社会人の基本と言ってもいいと私は思う。社会人だけではないだろう。例えば、高校や大学の受験生が、受験勉強を他人事や”やらされ感”でやっていたら、その効果は限られてしまう。人生を前向きに生きるための能力と言っても過言ではないかもしれない。 ところが、これをやれる人というのは意外に少ない。大きな会社に勤めていると、自分の会社が「自分の会社だ」と思う意識は弱くなるのも自然かもしれないが、会社全体をより良くするための課題を他人事と捉えてしまう人は極めて多い。インターネット社会、特に掲示板文化に見られる誹謗中傷においては、全てが他人事であるかのような人もいる。つまり、我事化は社会にとっても無意味なことではない。 「責任感」も我事化に近い概念だが、責任感はどちらかと言えば、役割とセットになっていることが多い。「自分の役割範囲はここ。だからこの件は自分がやるべきこと。」というロジックが背景や無意識にあるように見えることが多い。それに対して我事化は、役割とはあまり関係がない。「あなたが...

「やりたい仕事」の罠

10代から20代ぐらいの人たちから、こういう声をよく聞く。「将来やりたい仕事が見つからない。」 私はそれはごく自然なことだと思う。なくて当然だと思う。その上、むしろ、「やりたい仕事がある」ことは素晴らしいことなのだが、少し注意した方がいい。 世の中全般的に、「やりたい仕事」を早くに見つけ、そのために勉強するなりスキルを習得するなりすることが、ある種の美徳とされているように感じられるが、これは矛盾を孕んでいる。 仕事では、お金を稼ぐこととは切っても切り離せない。それを目的にするかどうかは別にしても、お金を稼ぐことは最低の条件とも言える。もちろん、お金を稼がない仕事というのもあるし、それもれっきとした仕事だが、その仕事以外の何らかの”源流”からお金が流れてきているからそれができることがほとんどだろう。 お金を稼ぐなら、あるいは仕事をしていくなら、自分自身のマーケティングが必要である。マーケティングとは、顧客のニーズを捉えて、ニーズを少しでも超えて価値を提供(しようと)することだ。 私はよく「プロダクトアウト」と「マーケットイン」という言葉を引き合いに出すが、プロダクトアウトとは、商品の良さを押し出すことでそれを売ろうとすることで、マーケットインとは市場(顧客)が求めるものを用意して売ろうということだ。完全なプロダクトアウトだと商品は逆に売れにくいのだが、「やりたい仕事」とはプロダクトアウト性が強い考え方だ。 仕事においては、プロダクトアウト的な部分ももちろん必要だが、基本はマーケットインだ。当たり前の話だ。何かを頼まれて、それを完遂するのが仕事だからだ。自分がやりたいことをやって、それを「すごいでしょ?」と見せることで完了する仕事というのは非常に少ない。 「やりたい仕事」の影に隠れた矛盾がそこにある。仕事というものは頼まれたことをやることが基本だ。あるいは、何らかの必要性がある事柄について、自分から「じゃあ、それ、私やりますよ。」と言い出してやることが基本だ。ついでにマーケティングの考え方を入れれば、その上に「ニーズを超えた価値」をおまけで付けてあげてインパクトまで与えられたら最高である。 交渉術をご存知の方ならお分かりだろうと思うが、交渉において、本当にほしいものややりたいことはできるだけ出さない方がいい、という原則がある。なぜなら、それが弱味になるからだ。仕事を頼み...

採用:取り組んでいる間に「この会社に入りたい」と思うようになる入社試験

「 採用ドリル・アセスメント 」活用の成功例として挙げられるのは、「採用ドリル・アセスメント」を最初の入社試験として応募者に課すことで「この会社に入りたい」と思っていただいた事例である。 この企業では、1週間以上にわたって、平日は毎日設問が出題される。最終出題日の翌日にはもう全問の締切なので、溜め込んでしまうとなかなか大変である。当初は、この企業の採用担当の方も、負荷をかけすぎてはいないかと心配していた。 もちろん、そういう方もいらっしゃることは否定できない。エントリーして、この試験の受験資格がある人のうち、およそ半数が全問回答できない、またはしない。平均すると1問あたりの回答に数百文字を書いているので、それだけでも、その期間はずっとこの企業のことが応募者の頭の中にあったことだろう。それを乗り越えただけでも、相当真剣にこの企業に入社したいと思っていることが見て取れる。実際、この企業では、全問回答がこの試験の第一条件である。 エントリーシートに、誰かのコピペかもしれない美辞麗句を「志望動機」としている応募者(もちろん、そうではなく、懸命に自分の言葉で書いている人たちもたくさんいるはずだが)を拾い上げるかもしれない… それがエントリーシートである。(参考記事:『 御社ではしていませんか?【ひどい採用面接①】「いきなり志望動機の質問」 』) 私は以前から、エントリーシート廃止論者である。もちろん、氏名や連絡先は必要だろうが、それ以外の意味のないことをなぜ書かせるのか、甚だ疑問である。ましてや、つぶさに読んでいない企業も多い。読まないかもしれないことをなぜ書かせるのか。 別の企業で、採用担当の方がこんなことを言っていた。「量が多くて大変なんですけど、読めというのが会長の教えで、仕方なく読んでいるんです。」会長のおっしゃる意味もよくわかる。しかし、目的なく読んでいる場合は、読んでいないことよりももっと問題かもしれない。それだけの時間を使って、どんな価値を出したのか。日本のホワイトカラー労働生産性が世界で何位なのか、ご存知なのだろうか。 「 採用ドリル・アセスメント 」は、日本(だけではないが)のホワイトカラー労働生産性を上げることに貢献するためにやっていると言ってもいい。生産性とは、アウトプット÷インプットである。生産性というと、インプットの効率性、つまり時間やコストの効率化...

新卒採用:不人気配属先の人手不足を解決する

「 採用ドリル・アセスメント 」で、多かれ少なかれイノベティブな活用法が実際にされている。 ある企業では、「 採用ドリル・アセスメント 」を使った新卒採用プロセスを進める中で、一つの大きな悩みを抱えていた。まだ完全に解決したとまでは言い切れないので、「~抱えている」と言う方が正確かもしれない。 大きな悩みとは、タイトルの通り、応募者に不人気な配属先があること。その部門は、製造という、この企業の中でも人数が必要な機能を担っており、この企業内の「人手不足指数」のようなものがあったとしたら、間違いなくこの部門の人手不足指数は高いだろう。これは「メーカーあるある」と言えるかもしれない。 トータル(この企業の平均)の人手不足指数は、他社と比べたら低い方だろうと思う。それほどの人気企業である。しかし、この企業内全体の人手不足指数から採用人数を想定し、普通に内定を出す確率を考えて母集団を決定すると問題が生じる。製造部門だけは配属人数が不足するか、不足しなくても、希望していないけれども「仕方なく」配属される人が多く存在することになる。 これを解決する方法の1つは、母集団を増やすことだろう。しかし、それにはかなりのコストがかかり、そしてコストをかけても母集団が増やせる保証はない。 それに対して、当社からその解決策として提案したのは、この企業が実施する「 採用ドリル・アセスメント 」の中で、1つ設問を増やし、この製造部門への配属を希望するかどうかを尋ねるという方法だった。希望するかどうかだけではなく、その理由なども訊く。 なぜそれが解決策になり得るかというと、配属先の希望というものは、内定者に訊くか、もしくはエントリー段階で訊くことが多い。あるいは全く訊かないか。アンケート形式のような形で第一希望のみを訊くと、「営業」「マーケティング」などという答えが数多く返って来る。しかし、営業の希望者でも、製造を希望しないとは限らない。第3希望ぐらいには入るかもしれない。「製造を希望するかどうか?」とピンポイントに訊くと、応募者の中の一定数は「自分は営業希望だけれども、製造も絶対に嫌というわけではない」などと(そんな表現はしないだろうが)書くだろう、という予測があった。 もちろん、「自分は営業希望であり、製造配属なら無意味なので、他社を優先する」という人もいるだろう。あるいは逆に、「製造を一番希望...

新卒採用の隠れたイノベーション

ある企業では、新卒採用でイノベーションを起こしたと言って過言ではない。 イノベーションと言うと、例えば、iPodなどのように、それまでもあった市場の中にそれまでになかった製品(群)が登場して、それが顧客の生活・ライフスタイルを変えるほどのインパクトを与え、業界全体がこぞってそれに追随することで業界の暗黙の「ゲームの論理」が変わってしまうことを指すことが多い。 この企業は、顧客の生活・ライフスタイルや業界内のゲームの論理をまだ変えたとは言えないが、それは新卒採用というものの性質が関係していると思われる。新卒採用の場合は顧客市場とは違って、採用する人数は多くても数十人、数百人のレベルなので、顧客に広く浸透することは第一義のゴールではないとも言える。 もしそれが第一義のゴールの一つだとお感じになる採用担当の方がいらっしゃるとしたら、母集団形成のベンダーのうたい文句に毒されている可能性があるかもしれない。(冗談です。念のため。) また、業界全体を変えるという点についても、新卒採用は、ありとあらゆる企業が「一つの業界内にいる状態」である。つまり、異業種であっても直接的なライバルである。したがって、ライバルに真似されないやり方を続けている方がいい。 そういった、イノベーションにつきまとう表層的な特性を除けば、小さなコストで大きな効果を得たという意味で、この企業は明らかにイノベーションだったと言える。 そういうわけなので、当然のことながらここでもその方法論を明かすことはできないが、問題ない範囲で解説をしたいと思う。 何をしたか。それまでやっていたwebテストの代替として、当社の採用ドリル・アセスメントを導入していただいた。ただ、ここでしたいのは当社商品の自慢ではなく、この企業がそれを活用したことでイノベーション級の費用対効果を得たことである。 「採用ドリル・アセスメント」とは、自由記述・自動評価のアセスメントシステムであり、当社が開発したものである。近い考え方の競合商品はAIを使ったものだが、残念ながら競うほどの精度にあるものはまだ見たことがない。 そのどこが活かせたのかというと、同社が面接で使っている能力要件(コンピテンシー)と同じものを測定できるという点である。webテストが測るのは主に学力だが、学力と能力要件はあまり比例しないことも多い。学力を最初に測ってスクリーニングする...

テレアセスメント、あるいはリモートアセスメントの小さくないリスク

2020年の新型コロナウィルスの影響から、テレワーク、リモートワークが一気に広がり、当然のことながら、アセスメント(人材評価)にもソーシャルディスタンスが求められている。 元々が遠隔でもできるアセスメントは数多く存在しており、心理学用語でいう「検査」の類い(例えば、性格検査、適性検査)は、元々、受検者が一人で自分について選択式で答えることが多いので、ウェブで実施できるものも多い。 難しいのは、どちらかといえば、社内、組織内の人事(昇降格や異動など)や人材育成に用いられるアセスメントである。(全てではないにしろ、)性格検査や適性検査は人材採用で応募者に対して実施する方が向いている。なぜなら、昇降格を性格や適性だけでは判断できないからである。学力や知能を測定する検査にも同じことが言える。 かといって、上司評価だけに頼るのも多かれ少なかれリスクがあり、「そもそも、全ての上司が公平に見ることができるのか?」という問題が伝統的にある。ちなみにそれは360度評価でも基本的には同様である。 したがって、社内・組織内の人事・人材育成に用いられるようなアセスメントでは、集合研修のような形式をとるものや、面談形式をとるものが多く、ソーシャルディスタンスは保ちにくい。そこで、最近は盛んにそれをウェブ会議システムを通して実施しようとしている話をお聞きする。 当社が提供している「ディスタント・アセスメント」という形式のアセスメントもある。これは「ディスタント」と名付けられていることからもお分かりのように、元々、遠隔で実施することを大前提にして設計されたものである。なおかつ、方法論としては、「自分のことを自分で選択式で答える」ものではなく、インタビュー・アセスメント技術を応用したものなので、社内・組織内でも使いやすいものである。(参考記事:「 若手社員の昇降格に『ディスタント・アセスメント』を活用した事例 」) アセスメントにおいては連続性も重要なので、これまで集合研修形式(アセスメント・センター方式)などでやってきたアセスメントを形式ごと変更することは慎重にすべきことであることは言うまでもない。しかしながら、ウェブ会議システムを通した時に、本当に連続性が保てるのか、という点もまた考慮が必要と言える。 具体的に言えば、アセスメント・センター方式のアセスメントでは、グループディスカッション演習、...

新卒採用:「自己肯定感」を測定

ある製造業企業で、新卒採用で「自己肯定感」を測定している。 自己肯定感とは、自分自身を肯定的に捉え、自分の意志や希望に対して前向きに向き合い、その実現のために努力するといった感覚のことを言っている。 元々は、この企業の人事を見ていた部長が、ご自身の経験や社内外での学びから得た知見を基に、自己肯定感を新卒採用における能力要件の最重要項目の1つとして設定することを希望されていた。残念ながら、自己肯定感を測定するアセスメントはさほど多くはなかった。 当然のことながら、自己肯定感が低すぎるのは良くないが、高すぎるのも良いとは言えない。例えば、自身を過大評価して、現実的にできないことまでできるような気がしてしまう、ある意味、いわゆる「中二病」も高すぎる自己肯定感だろう。自分が現実には無力である部分もある程度客観的に把握した上で、「それでも自己を肯定する」とするような感覚とも言える。 ちなみに、自己肯定感は「能力」なのか、というと、判断の難しいところである。自己肯定「感」が、自己肯定「力」でないことからもそれを暗に示しているとも考えられる。能力の場合、本人が意識しようと思えば意識はできることが基本だと考えられる。能力には、トレーナブル(訓練可能)か、アントレーナブル(訓練不可能)かという側面もあるが、いずれも能力と言うことはできるが、これとはまた別である。 自己肯定感は、本人と親との関係性、幼少期から思春期にかけての経験の蓄積が大きな影響を与える社会的性格に属する要素だと考えられる。「性格」に近い要素になると、本人が意識して変えようとしても、不可能ではないが非常に難しいことになる。そう考えると「能力ではない」と結論付けたくもなるが、本人が意識して変えようとしても必ずしも理想的な変容ができるとは限らないのは能力も同じである。ただ、理想的な変容かどうかは別にして、能力の方が変えやすい。こうした意味で、自己肯定感は能力なのか、性格なのかというと、極めて微妙である。 話を元に戻すと、この部長は、ご自身の知見から、自己肯定感が本人の幸福実感度とほぼ比例していると考えていた。これは実証されたものではないかもしれないが、合理的である。 これは、私のインタビュー・アセスメント経験からもよく分かる話である。現在の自分がいかに幸福に恵まれた存在かという暗黙の前提があると...