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テレアセスメント、あるいはリモートアセスメントの小さくないリスク


2020年の新型コロナウィルスの影響から、テレワーク、リモートワークが一気に広がり、当然のことながら、アセスメント(人材評価)にもソーシャルディスタンスが求められている。

元々が遠隔でもできるアセスメントは数多く存在しており、心理学用語でいう「検査」の類い(例えば、性格検査、適性検査)は、元々、受検者が一人で自分について選択式で答えることが多いので、ウェブで実施できるものも多い。





難しいのは、どちらかといえば、社内、組織内の人事(昇降格や異動など)や人材育成に用いられるアセスメントである。(全てではないにしろ、)性格検査や適性検査は人材採用で応募者に対して実施する方が向いている。なぜなら、昇降格を性格や適性だけでは判断できないからである。学力や知能を測定する検査にも同じことが言える。

かといって、上司評価だけに頼るのも多かれ少なかれリスクがあり、「そもそも、全ての上司が公平に見ることができるのか?」という問題が伝統的にある。ちなみにそれは360度評価でも基本的には同様である。

したがって、社内・組織内の人事・人材育成に用いられるようなアセスメントでは、集合研修のような形式をとるものや、面談形式をとるものが多く、ソーシャルディスタンスは保ちにくい。そこで、最近は盛んにそれをウェブ会議システムを通して実施しようとしている話をお聞きする。

当社が提供している「ディスタント・アセスメント」という形式のアセスメントもある。これは「ディスタント」と名付けられていることからもお分かりのように、元々、遠隔で実施することを大前提にして設計されたものである。なおかつ、方法論としては、「自分のことを自分で選択式で答える」ものではなく、インタビュー・アセスメント技術を応用したものなので、社内・組織内でも使いやすいものである。(参考記事:「若手社員の昇降格に『ディスタント・アセスメント』を活用した事例」)

アセスメントにおいては連続性も重要なので、これまで集合研修形式(アセスメント・センター方式)などでやってきたアセスメントを形式ごと変更することは慎重にすべきことであることは言うまでもない。しかしながら、ウェブ会議システムを通した時に、本当に連続性が保てるのか、という点もまた考慮が必要と言える。

具体的に言えば、アセスメント・センター方式のアセスメントでは、グループディスカッション演習、インバスケット演習、プレゼンテーション演習、面談・折衝演習といったものが中心で、そこでケーススタディのようなことをやるわけだが、そのうち、インバスケット以外は、決して小さくない影響を受ける可能性がある。

グループでディスカッションをする際に、実際に集合して実施するのと、PC上で、時々音声が乱れたり画面が固まりながら実施するのとでは、全く同じとは断言しにくい。5人以上ぐらいのウェブ会議システム上のミーティングでは、発言のテンポが遅くなることを感じる方も少なくないように思われるし、自分が発言する時のことを考えても、簡単に言えば、実際に集合した時の方が発言は少し気楽かもしれない。その逆の場面もあるだろう。いずれにしても特性は異なる。面談・折衝でも同様のことが言えるかもしれない。

プレゼンテーションも多少なりとも違ってくる。単純なところだけで言っても、例えばアイコンタクトや声の大きさはウェブ会議システム上のプレゼンでは全くと言っていいほど評価できない。できないことはないかもしれないが、少なくともリアルな場でのプレゼンに求められているそれとは異なり、連続性を保つのは難しい。

もちろん、集合研修の提供業者が懸命にこうしたことのテストを繰り返して、質を担保しようと努めていらっしゃることは直に知っている。ただし、その「テスト」が、「アセッサーがリアルと同様に行動を見られるかどうか」のテストに偏っていて、「参加者がスムースに自分の言動が行えるか」のテストかどうかは、あまり着目されていないのだとすれば、質の問題は残ってしまう。こうしたことがないことを心から願っているが、使う側の方々には十分に注意していただきたいと思う。


宮田 丈裕 (当社代表)




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