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社員の顧客視点の劣化は会社にとって命取り

これを書いている今のつい数時間前の話だが、日本の某新聞社が、自社の電子版の広告キャンペーンをやっているのを目にした。そこでは、その新聞電子版のサブスクリプションを止めると「ビジネス実践力がつかない。つけるためには継続が大事。」というような内容を訴求していた。 私は甚だ疑問なのだが、これは何か証拠でもあるのだろうか。継続した人のグループと継続しなかった人のグループで、その人たちのビフォーとアフターとの差に有意な差があったとでも言うのだろうか。百歩譲って差があったというなら、本当にどんな職種においてもその差があると言えるものなのだろうか。 私がこう反論するのは、確信に近いものがあるからだ。まず関係ない。論理的に考えれば関係あるはずがない。「ビジネス実践力」をどう定義するかにもよるが、わざわざ「実践力」を切り取っているのだから、思考面は含めないと考える方が自然である。そうだとすると、人を動かしたり心を動かしたりする感受性を含めたコミュニケーション面や、他者と信頼関係を構築するところや、信頼関係を構築する過程でのパーソナリティの面、あるいは専門的なテクニカルスキルの面が主に関連してくる。新聞の電子版を読み続けると、コミュニケーション能力やパーソナリティやテクニカルスキルなどが上がるのだろうか。そうだとしたらその合理的な理由は一体何なのか。 二百歩譲って、「ビジネス実践力」には思考面やその前提知識も含まれているとしよう。そうだとすると、例えば私が関わらせていただくことの多い「経営視点」を養成するのに新聞を使うことはできる。簡単に言えば、「自分がその記事の当事者の立場だったとしたら、何を感じ、何を考え、どう解決しようとするか」を想像し、できるだけ多くの状況設定や選択肢を想定することで擬似経験の幅や当事者意識の強さを広げたり高めたりすることができるからだ。しかし、「新聞(の電子版)を読んでさえいれば自動的にビジネス実践力(なるもの)が伸びる」わけではない。そういう意図を持って読む必要があるからだ。 いや、広告では「自動的に伸びる」とは言っていない。私がわざわざこんな文章を書いてまでこの広告を問題視しなければならないと考えたのはそこに関係している。「サブスクリプションを止めると伸びなくなる」というような表現をすることで、少し大げさに言えば「脅し」ているわりに「自動的に伸びる」ことは...

ビジネス着眼とは伸ばせる能力なのか?(ドリル受検対策⑥)

 結論から先に言えば、「ビジネス着眼」という能力項目も、十分に訓練可能なものである。決して先天的なものでもなく、伸ばせない能力でもなく、ビジネスの経験がなくても伸ばせるものである。 とはいえ、もちろん、ほぼ先天的にビジネス感覚の鋭い人はいるし、逆に、ビジネスに興味のない人だっている。なので、程度の差はあるが、それを伸ばしたいと思って効果のある方法を採っていれば訓練して伸ばすことはできる。 この「ビジネス着眼」という能力は、ノウハウやスキルとは別の次元のものである。近年はビジネス的なノウハウを提供している動画や文章が非常に増えている。集客方法、マーケティング方法、売上を伸ばす方法などといった、小規模ビジネス向けのノウハウから、効率的な仕事の進め方、コミュニケーション方法など、もっと一般的なノウハウや専門分野のノウハウまで、あらゆるノウハウに溢れている。 そういうもののうち、あなたが興味をもったノウハウを学ぶことを止めはしないが、それだけでは「ビジネス着眼」は伸びない。その学びをあなた自身の仕事の実践にどう活かすか、どこをどう変えるか、どこがうまくいってどこがうまくいかないか、うまくいかないところをどう解決するか…こうしたことを考えることで「ビジネス着眼」が伸びる可能性が出てくる。 つまり、ビジネス・ノウハウは、あたかもそれが唯一の正解であるかのように提示されることが多いが、それは必ずしも真実ではない。唯一の正解などこの世には存在せず、一瞬存在したとしても常に変化する。実際、たった5年前に提供されていたwebマーケティングのノウハウは、今でも全て有効かと言うと、そうではない。 むしろ、「唯一の正解などこの世には存在せず、一瞬存在したとしても常に変化する」ということを前提としないと、「ビジネス着眼」の能力は伸びないだろう。そこが出発点である。ちなみに、ビジネス・ノウハウがメディアに溢れていることは、ビジネス着眼、ビジネス感覚、ビジネス視点を作る上で邪魔になると私は考えている。なぜなら、独立・起業しようという人が、当たり前のように”正解”を求め、それに忠実にやることがビジネス上の成功の秘訣であると大いなる勘違いをするからだ。それはその人の成功の秘訣ではなく、ノウハウ提供者の成功の秘訣でしかない。(だからこそ、あたかもそれが唯一の正解だと思わせるような表現をしているケ...

イノベーション人材アセスメントをどう活かしたらいいか?

ここでは、イノベーション人材アセスメント(名称は提供サービスによって異なります)を受検された方がその結果を受け取った時のご参考までに、その活かし方を解説したいと思います。 まず、あなたの結果は、全体的にどうでしたか? 評価の低さにがっかりしていますか? それとも、全体的に高くてびっくりしていますか? あるいは、高いものも低いものもあった、という感覚でしょうか。 評価が全体的に低くても、または低い項目があっても、引け目を感じる必要はありません。これはあくまで「イノベーション創出人材としての素養」を測ったものであり、あなたのこれまでのキャリアでイノベーション創出を試みた経験が少なければ鍛えられない能力項目が多いはずです。その中でも高い項目があれば、それはあなたの天才的な部分か、イノベーション創出とは言えない経験の中で鍛えられた部分ではないでしょうか。 「イノベーション創出を試みた経験」は、もっていない方が大半です。しかし、経験がなくても、基本的には誰にでも可能性はあります。つまり、全ての能力項目が、鍛えれば伸びる能力ばかりです。なので、がっかりする必要は全くなく、ごく自然なことです。 また、能力項目は「全てにおいて一定レベル以上なければならない」わけでもありません。もちろん、イノベーション人材にとっては「ほぼ必須項目」と言えるものもありますが、それ以外は「あればあるほどいい」という位置付けです。 そもそも、「イノベーション創出」のプロセスでは、一般的な業務とはかなり違う側面が求められます。だからこそイノベーション創出の経験がなければこうした能力をもっていなくても全く不思議ではありませんし、経験があっても鍛えられていないケースも非常に多くあります。(ご参考: イノベーション失敗パターン④:【効率的作業組織 vs イノベーション創出組織】 ) さて、こうした前提がある中で、あなたはその結果を受けてどうしたいですか? 例えば、「私はイノベーション人材になりたいとは思わないから、この結果を受けてどうこうしようとは思わない。」という本音もあり得ます。それはそれで、もちろんアリだと思います。 もし、「この能力は高めてみたい」とあなたが思うものがあれば、ぜひ以下をご参考にしてみてください。 まず、能力項目には大きく分けて2種類あります。「人間力」と「創造的知的能力」です。このうち、人...

あなた自身と部下の成長のために① ~成長できる人の2つの条件

人間は誰でも勝手に成長するものではない。もちろん、それはキャリアにおいての成長の話だが、むしろ非常に多くの人が、成長を望んでいないような行動を取ることは、『 人間の「非」成長性と適材「不」適所 』でも書いた。簡単に言えば、口では「成長したい」と言う人の驚くほど多くが、実は「既に持っている能力を使ってより大きな成果を出したい、認められたい」ということを意味していて、それは再現性の高い行動変容を含んでいないのだ。 あるいは、学校に行って、あるいは独学で、場合によっては資格を取るために勉強することが成長だと暗に思っている方もいらっしゃるが、必ずしもそうとは限らない。なぜかというと、知識を増やすことは行動変容とイコールではないからだ。 ではどういう人が成長できるのか。タイトルの通り、2つの条件があると考えられる。もちろん、もっと挙げようと思えばたくさん挙げられるが、つまづきやすいのがこの2つである。 条件1:意外に難しい「成長意欲」 1つは、当たり前なのだが、「成長意欲」である。成長意欲と言っているのは、ここが当たり前でない点なのだが、本人が行動変容の必要性を感じていることである。上記の通り、そういう人は実は多くない。 こういう風な言い方もできる。人間は、通常の状態であれば、上記のように「より大きな成果を出したい、認められたい」し、その前提としては自分が既に持っているものを使いたいものだが、「自分はダメだ」、「このままではやっていけない」などと感じているような、ある程度非常事態になった時にその必要性が出てくる。 デイヴィッド・コルブ氏の経験学習モデル("Experiential Learning Theory")というものがあるが、それに当てはめると分かりやすい。経験学習モデルを簡単に紹介すると、人は経験を通して成長することができる。それには4つのプロセスを経ていることが必要で、それは具体的な経験、省察、概念化、実践的試行であり、それは循環する。つまり、何かを経験して、それを振り返り、「こういう時にはこうするといいんだな」とか「こうした方がうまくいくんだな」などと理解し、それを別の機会で試し、そしてまた新たな経験に戻る。 このうち、うまくいかない経験の後、それを省察することによって生まれるのが成長意欲である。つまり本人が行動変容の必要性を感じている状態で...

名リーダーの条件① ~ 普通でないことをやろうとする才能

私はスポーツの名将や名コーチが好きで、そのチームの試合を見たり、自叙伝のような本を読むことは趣味と言ってもいい。スポーツと言っても、チームスポーツの球技がほとんど。ただし、純粋な趣味と言い切れないのは、それはリーダーシップの教科書のようなものだからだ。 どういう人が名将・名コーチか、という定義というか条件というのは人によって色々だろうが、好成績を継続的に上げることと、継続的に優れたプレーヤーがその人の下で育つことと私は思う。その2つは相互補完関係にあるが、既に完成されたプレーヤーを集めて好成績を上げることも可能なので、その2つの両方が揃っていることだと考えている。もちろん、そのようなことも簡単ではないと思うが。 ある時、私は「私が思う(競技を越えた)名将・名コーチの共通項って、一体何だろう?」と疑問に思った。そう思うと調べずにはいられなくなった。もちろん、お国を問わず。 まず最初に発見したのは、「人間味を出す」ということだった。もちろん多少の演技や方便もあるだろうし、全ての人ではないが、「自分らしい、一人の人間として存在する」ということだ。偉そうにすることはもちろんあまりないし、何か演技していたり、過度に我慢したり…などといったことをする人は少なかった。 この点は私にとってはちょっと意外で、「あえてプレーヤーとは距離を置く」とか、「威厳を保つ」とか、そういう人がもっと多いかと思いきや、実際にはそうではない人の方がずっと多い。 次に、「あまり教えない」ということ。教え魔に名コーチはいない。ほとんどのケースで。これを書き始めると長くなるので、これはこれで別に書きたいと思う。( 「名リーダーの条件② ~ 教えないこと」 ) この2つを見つけて思ったのは、「名将・名コーチはその人らしくあり、自然体が多くて、あまり教えることがなく、何気なく雑談していることが多い … それって、普通の人だな。他に何かないんだろうか。何か特別な何か…。」 その後、しばらく探していたのだが、共通しているとまで言えることが全然なかった。 しばらくして気付いた。共通項がないし、あっても普通のことということは、「それぞれ独自のやり方でやっている」ということと言い換えられる。物事には原因と結果とがあるが、普通のやり方(原因)をやれば普通の結果が返ってくるわけであって、普通ではない結果を出している人は普通で...

思考表現とは何か?(ドリル受検対策⑤)

思考表現とは、思考しながらその過程を表現することであり、表現しながら思考を整理し、さらに発展させることである。雑談や友達同士のお喋りのように、何を表現するかを予め決めずにその時々の反応や思い付きで表現する内容を決めることだが、ただし、思考を回転させながらそれをすることである。 したがって、沈思黙考タイプの人は少し苦手かもしれない。自分の中で黙ってじっくり思考し、結論を見つけてから今度はそれをどのように表現するかを考える…というパターンの表現では、ここでは不十分になりやすい。 イノベーションの創出プロセス…そんなに大袈裟ではなくても、何か従来にないものを創り出す要素がある集団での活動の中では、個々人の暗黙知を表現して共有し、形式知にしていく必要がある。1人の個人でやる活動なら自分一人の中でやればいいので共有は必要ないかもしれないし、感覚知で十分かもしれないが、集団となると、言語化や何かしらの表現は必要である。この点については、野中郁次郎氏のSECIモデルをご参考にしていただきたい。 多かれ少なかれ、「弁証法」的でもある。例えば、思考テーマがあり、まずはとりあえずの自分なりの答えを出す。しかしそうすると問題点や矛盾が出てくる。それに対してどう答えるか。こうした自問自答のような対話を繰り返す。 思考というものは、若干比喩的に言えば、自問自答のようなものである。自分で問いを作り、自分で答えを出す。それを発展させていく。どういう内容であれ、どういう方向性であれ、創造的思考を発展させるのがうまい人は、頻繁にこれをやる傾向がある。そうでなければ、基礎発想的なスキルで発案したアイデアでは、非常に薄っぺらくなりやすい。基礎発想はそれでいいのだが、それを十分に発展させ、深化させる必要がある。 私自身は、自分で客観的に見て、これが下手ではない。意識してそうするようにしていて、うまくなってきているのではないかと思う。つまり私が言いたいのは、訓練可能なスキルである。ちなみに、私はここにある記事は全てこの表現方法で書いている。書く内容を予め決めたりしていない。もちろん、大枠でのテーマはあるが、それに対して答えを出し、「自分が読み手だったら」そこで浮かぶ反論を問いにして、話を展開させている。いつの間にか長くなり、いつも何千字という文字を書いてしまう。 思考表現をしている人というのは、文章が長い傾...

上位概念化とは何か?(ドリル受検対策③)

イノベーション人材に求められる能力には色々ある。しかし「最低限これだけは共通して必要だ」というものは少ない。「我事化」や「知的好奇心」などといったところだと考えられる。しかし、それ以外では、「あればあるほどいい」し、「なければ始まらない」というわけでもない。 イノベーション人材に求められる能力というと、「創造性」「創造力」「クリエイティビティ」といった能力を一番先に思い起こす人が多いようだが、重要であることは間違いないが、唯一絶対の一番重要項目かというと、そうとは限らない。 私達は創造性のような能力を「(イノベーション人材に求められる)知的能力」に分類しているが、その一方で「(イノベーション人材に求められる)人間力」というカテゴリーもある。どちらの方が重要と言うことは難しいが、人間力が必要条件で、知的能力が十分条件のようなものだと考えられる。つまり、人間力は「なくてはならないもの」に近いが、それだけでイノベーションが起こせるわけではなく、その上に知的能力があって初めて実現できる可能性が出てくるわけだが、だからと言って保証されているわけでもない。人材育成やアセスメントに携わる者として、これほど難しいものはない。「難しい」と書いて「おもしろい」と読むのだが。 さて、そうした知的能力の中で重要なものの1つが「上位概念化」である。知財分野ではよく使われる用語でそこから転用したものであるが、意味は多少なりとも違う。上位概念化は知的能力の中でもとても難度が高く、これができる人というのはたくさんいるわけではない。少なくとも日常生活や一般的な職業の通常業務ではなかなか育ちにくい。 それでも重要なのは、特に「イノベーション・プロデューサー」の役割に特にこの能力が求められるからだ。(『 イノベーション創出の最重要人物:「イノベーション・プロデューサー」 』参照) 上位概念化とは、認識した具体的事象から抽象化し、上位概念を取り出すことである。上位概念とは、本質、構造、真の目的、共通性などのことで、どれも表面に現れて来ない。だから認識しづらいし、疑おうとも思わない。 例えば、テニスというスポーツにおいて、目に見えやすいのは試合結果や、ゲーム中の選手の動き方、表情などといったところだろうか。そうした段階を、一段上位概念化すると...

知的好奇心とは何か?(ドリル受検対策②)

イノベーション人材に求められる能力 のうち、最も基本的で重要なものの一つは「知的好奇心」である。他にも「我事化」を 別記事 で挙げたが、「見たことがないものを見た時に知的好奇心が強まり、それを基にして我事化する」ことがなければ、イノベーションのその人自身のきっかけがなくなってしまう。 何度も言うようだが、世に言われるイノベーションは結果論である。それが創り出されるプロセスにおいては、それが多くの人のライフスタイルや常識を変えてしまうようなものになるとは、関係者全員が思っていないかもしれない。つまり、関係者にとっても「見たことがない」もので、「は!?何これ???」…言語化すれば、根底にパラダイムシフトを含んだものでもあったりするかもしれない。従来の枠組みや視点や価値観ではどうにも理解しようがないものかもしれない。 その時に発動させるべきものが知的好奇心である。「は!?何これ???」に続いて「面白そう…」とつぶやく精神と言ってもいいかもしれない。 イノベーション人材の能力は、「自分自身をイノベーション人材だと位置付けたい人」や「会社にイノベーション人材だと認定された人」だけに役立つものではない。「自分はイノベーション人材ではない」という人にとっても、基本的能力があると、周囲で起きるイノベーションの試みをむやみに否定しなくなる。これもとても重要なことだ。 知的好奇心とは、経験のない物事に対して興味を持つ心理的プロセスである。なぜ「好奇心」だけではなく、「知的」好奇心と言っているかというと、好奇心は高等動物全般が持つ、本能に基づくと思われるもので、「知的」が付くと人間特有のものになり、本能に基づかずに思考や心理メカニズムによって興味を持つことだからである。 好奇心は高等動物全般が持っているものと言ったが、そうであるとすれば、知的好奇心は人間全般が持っていてもおかしくないことになる。実際、ご存知の通り、特に人間の子供の1才から3才ぐらいの時期には、知的好奇心が強くて何でも触ったり食べたりしようとするので、むしろ危ないことも多いほどである。3才~6才ぐらいでは、「なんで?」という質問を連発したりする子も多い。 しかし、大人の人たちに「あなたは、自分が好奇心旺盛だと思いますか?」と尋ねると、実際に研修や講演で訊くのだが、「いいえ」と答える人はおそらく半分以上だ。あなた自身はどうだ...

我事化とは何か?(ドリルの受検対策①)

「イノベーション人材」にとって、我事化は最重要の能力項目の一つだと言っていい。我事化とは、何らかの事柄を自分のこととして捉えて能動的な行動に繋げることである。「当事者意識」と言い換えてもいい。我事化の逆は「他人事」にすることであり、建設的でない評論や愚痴はこの典型例と言える。 対談の中で古森剛氏も語っている が、架空の質問に対する答えとして「私ならこうする」というような言い方をする人は我事化の力が高いことが多い。我事化が弱い人の典型像は、誰かが出した答えに対する論評はやたらと立派で賢く見えることがあるかもしれないが、自分がやるとなると言い訳をつけたがったり、保険をかけたがったりして、返って来た結果に対しては自分の責任をあまり感じずに、むしろ他人のせいにしたりもする。 もちろん、我事化の力が高い人でも、我事化しない事柄もある。だからこそ、イノベーション人材の最も基本的な能力として我事化と知的好奇心がセットなのだが、ただ、我事化のスイッチを入れようと決めたことに関して我事化できるかどうかは大きな差がある。ある意味「やる気スイッチ」と呼んでもいいかもしれないし、「コミットメント」にもかなり共通した側面があると思う。 既にご想像されているかもしれないが、我事化が大事なのは、イノベーション人材に限らない。我事化は社会人の基本と言ってもいいと私は思う。社会人だけではないだろう。例えば、高校や大学の受験生が、受験勉強を他人事や”やらされ感”でやっていたら、その効果は限られてしまう。人生を前向きに生きるための能力と言っても過言ではないかもしれない。 ところが、これをやれる人というのは意外に少ない。大きな会社に勤めていると、自分の会社が「自分の会社だ」と思う意識は弱くなるのも自然かもしれないが、会社全体をより良くするための課題を他人事と捉えてしまう人は極めて多い。インターネット社会、特に掲示板文化に見られる誹謗中傷においては、全てが他人事であるかのような人もいる。つまり、我事化は社会にとっても無意味なことではない。 「責任感」も我事化に近い概念だが、責任感はどちらかと言えば、役割とセットになっていることが多い。「自分の役割範囲はここ。だからこの件は自分がやるべきこと。」というロジックが背景や無意識にあるように見えることが多い。それに対して我事化は、役割とはあまり関係がない。「あなたが...

測定しにくいイノベーション能力、「人望/愛されキャラ」

当社では、 イノベーション人材に求められる能力的な要件 を用意している。これは、よくある社内のコンピテンシーとは扱い方が根本的に異なる。全ての要件が一定水準なくてはならないかというと、そういうわけでもない。あればあるほど素晴らしいが、一点集中突破型でもいい。 反省を込めて言うのだが、アセスメント結果を本人にフィードバックする時、本人の中で相対的に強みとして出てきた能力を褒めた上で、相対的な弱みを伸ばすことを促している。時々、「強みをもっと伸ばすという考え方をするのは良くないのか?」と訊かれるが、コンピテンシーの場合、足を引っ張るような弱みを解決する方が先決かもしれない。しかし、少なくともイノベーション人材の能力要件については、強みを伸ばす方向でもいいかもしれない。 その中で、イノベーション創出プロセスの中でとても重要な能力だが、非常に定義しにくいし、自分でコントロールして強化しようなどとするのが難しいために、当社の能力要件に入れていないものもある。その一例が「人望」と言ってもいいものである。 「あの人は人望がある」などという言い方をよく聞くが、一応、辞書で定義を調べると、だいたい、人望とは「大勢の人たちから尊敬されている状態」のことである。つまり、結果論なのである。尊敬を得るに至った過程で発揮した能力については何も示唆していない。 似たものとして「愛されキャラ」という日本語もある。「尊敬」とは少し違うのかもしれないが、「大勢の人たちから愛される性格(の持ち主)」というような意味だろう。これも結果論である。結果論だと、しかもそれが性格の話だと、自分では向上させるのが難しくなってくる。 イノベーション創出に大きく貢献した人達、特にリーダーシップを取った人達を見てみると、「人望」や「愛されキャラ」とでも呼ぶべきものをある程度共通して持っている。 この理由はある程度理解しやすい。イノベーション創出プロセスでは、従来ないことを創り出そうとしているため、そのモチベーションを継続させる拠り所が少なくなる。あるいは、イノベーションの種のようなものが、往々にして「無理難題」であることが多く、それでも「あなたの言うことなら協力してあげるか…」と思ってもらえるかどうかは確かに大きな要素である。 また、「人望」や「愛されキャラ」の難しさの1つは、それが性別あるいはジェンダーとある程度深く関...

プロダクトアウトな傾聴力、マーケットインな傾聴力

傾聴力の重要性はよく言われることだが、対人対応では全ての基本だと言っていい。 対人対応というのは実に幅広い。仕事上のコミュニケーションでも様々な関係性やシチュエーションがある。タスクをこなし、問題解決を前進させるためのコミュニケーションもあれば、感情に寄り添うためのコミュニケーションもある。上司が部下を励ますためのコミュニケーション、部下の成長を促すコミュニケーション、つまりリーダーシップで求められるコミュニケーションもある。もちろん、コミュニケーションは対人対応の中心ではあるが、それが全てでもない。その中でも、傾聴は全ての基本である。(さらに、別記事『 測定しにくいイノベーション能力、「人望/愛されキャラ」 』ではイノベーション人材にとって傾聴が不可欠であることを語っている。) 私は2003年ぐらいからインタビュー・アセスメントをやっているが、当然のことだが、傾聴力はまず何よりも重要である。その上、単に話を聞けばいいわけではなく、「アセスメント」なので、色々なことを考えながら聞く必要があるが、それでも、相手にとって自然なコミュニケーションになっていることは大事なことである。 しかし、「傾聴が上手い人」というのは、具体的に顔が思い浮かぶほど、数えられるぐらいの人数だ。つまり、非常に限られている。もちろん、話を聞こうとしている人はたくさんいるが、効果的な傾聴ができているかどうかはまた別の話である。 できているかできていないか、あるいはタイトルにあるように「プロダクトアウトかマーケットインか」の二項対立にすると、話を単純化しすぎてしまうものだが、わかりやすさのためにあえてそうしたい。 というのも、「聞いているつもり」になりやすいからだ。全然効果的ではないのに、「傾聴?あー、自分は問題ないっす。」ぐらいの方が多い。他の能力と違って、傾聴力というものは客観的に捉えにくいという特徴がある。 効果的な傾聴ではない話の聞き方には、主に以下のようなパターンがある。客観的に捉えにくいだけに、あなたの傾聴力をチェックするのに役立てていただきたいと思っている。 ◆パターン①「早々に自分の関心のある話題に持って行く」 他者が話し終わっていないのに、自分の話に持って行くというのはよくあることだ。それが良くないことだということを認識している人も多い。日本では「話は最後まで聞きましょう」というこ...

人間の「非」成長性と適材「不」適所

役職はどうあれ、実質的にマネジメントをやっている人々が口をそろえて言う言葉はたくさんあるが、「適材適所」はその1つである。 これも創造性のトレーニングになるが(別記事「 創造性とは、伸ばせる能力なのか? 」参照)、そういう言葉は「もしかしたら、逆も真なのではないか?」と疑ってみると、新たな視点が得られることがある。「適材適所」もその1つである。 つまり、「適材『不』適所」が真である、ということだ。 「適材適所」が間違っていると言っているわけではない。それが原則としてあることに変わりはないだろう。しかし、「本当にそれだけでいいのか?」ということである。 行動科学者であるモーガン・マッコール教授によれば、 人は成長と相反することを好む 、と言う。私が色々な人を見てきた中で、これは的を射ていると思う。 どういうことか? まず、「成長したい」という内容のことを、言葉では言う人は多い。しかし「成長」という言葉が意味していることが「より大きな成果を上げること」であることが多い。これは私とっては非常に意外だったのだが。行動科学や心理学の分野で言う成長とは、様々な定義があるが、「好ましい(とされる)行動を取れるようになること」であり、たまたま1回できることではなく、再現しようと思えばできるようになることを意味している。この2つの「成長」には大きな隔たりがある。真逆である、と言ってもいい。 なぜ真逆なのか? 「より大きな成果を上げること」を目指すことは素晴らしいことだ。しかし、全員ではないが、そういうことを思っている人達のうちの多くが「自分の得意なことをすることで」より大きな成果を上げること「で、さらに認められること」を暗黙のうちに前提としているのである。「得意なことをやって認められたい」…もっと言えば「今、既に持っている自分の能力を使って認められたい」のである。これには行動変容の前提はないか、小さいと考えられる。ただし、もちろん、「自分はまだまだだ」と思っていて、好ましい行動変容をして大きな成果を上げることを目指すという、ハイブリッドの人もいるが、本心から行動変容を望んでいる人はどうやら少ない。 「 『人を育てようとすること』の大きな落とし穴 」でも書いたが、いくら上司が「この部下はこの弱みを克服しなければならない」と思っても、本人が(少なくともすぐには)なかなかその通りに成長して...

【事例】新規事業のためのイノベーション人材発掘

ある企業では、「イノベーション人材アセスメント」を活用して、実験的な新設部署のメンバーを社内公募から選んだ。 この新設部署は、AIを活用して事業の効率性を高める試みを企画・開発・実行していく部隊であり、情報システム部門などの本社機能の中ではなく、事業部の中に新設された。その部署のトップには、他社から経験豊富な方がヘッドハンティングで入社し、就いた。 さて、メンバーは2人ぐらいから始めたいが、そのトップは当然誰が適任かは知る由もない。そこで社内(事業部内)公募をすることになったが、どうやって選んだらいいか。そこで当社に相談をしてくださった。というか、「イノベーション人材アセスメント」に興味を持っていただき、実験を兼ねて採用していただいた。このソリューション以外にも、もう1つ、無料で試せるイノベーション創出能力を測るアセスメントがあるというので、並行して実施することになった。 実際には、5人の応募があった。5人ならトップが全員と面接をして選んでもいいのだが、1人あたり1~2時間話したぐらいでイノベーション創出能力について何が分かるかというと、現実的にはかなりハードルが高い。過去に各現場でイノベーションを起こした、あるいはそれを試行した人材がごろごろいるような会社ならそれでもいいかもしれないが、この会社はそうではなかった。まさに人材を「発掘」する必要があった。 そういう会社なので、当社で用意しているイノベーション人材評価のための基準を用いた。別ページ(「 イノベーションを創出する人財・組織 」)にある、9つの創造的知的能力に関わる要素である。 しかし、「イノベーション人材かそうではないか」という2択ではない。当社ではイノベーション人材にも2種類(大括り)または4種類(詳細)を定義している。特に、大括りの2種類というのは、イノベーション構想人材とイノベーション実行人材と呼んでいる(『 イノベーション人材の2タイプ:「構想人材」と「実行人材」 』参照)。イノベーション実行人材も、その存在は大変重要である。この企業では、この2種類も判定し、基本的には、構想人材を優先するが、実行人材も検討対象として除外しないことになった。 たった5人の応募だったが、これまでに同じ設問で受けた母集団の受検者に混ぜて解析するため、自動解析のためのリードタイムは通常の2.5日と変わらない。 採用ドリル...

創造性とは、伸ばせる能力なのか?

ドリル・アセスメント では、創造性を測定しやすい。それはアウトプット能力全般に関わる。 よくこういう声を聞く。「自分はクリエイティブな仕事に就いてないから…。」広告代理業のクリエイティブ職や、アニメ制作会社のアニメーター職がその「クリエイティブな仕事」だと思っていらっしゃるのかもしれないが、言っておくが、全ての仕事はクリエイティブになり得る。創造性を使う余地がある。命令には絶対服従をすべき軍隊の1歩兵であっても、ほふく前進で創意工夫できるかもしれない。 創造性というものは、何も、光るビジネスアイデアや商品アイデアがポンっと降りてくるような能力とは限らない。心理学でも創造性のことは色々と語られているが、もっとあらゆる場面で使うものである。毎日同じ経路で往復している人にとって、寄り道や経路を変えることも創造性だろう。何か全く別の目的を合わせてやることも創造性だろう。スポーツで、フォームやスウィングなど、新たに試してみたい体の動かし方を思い付くことも創造性だろう。 おそらく、上記の例を読んで、「そりゃそうだよね、うん、それが創造性だよ、当然。」という風に感じられた方は、高い確率で創造性が高いと思う。「えっ、そんなものまで創造性なの?そうは思ってなかった…。」と感じられた方は、申し訳ないのだが、高い確率で創造性が低いと思う。 なぜそう言えるかというと、創造性は誰もが身に付けられる能力である。(もちろん、その程度には個人差があるが、基本的に思考ができる人の中には、全く身に付けられないという人はいない。)しかし、それを身に付けていない人というのは、自分で身に付けることを遮ることをしているから身に付けていないのである。 それはつまり、自分で却下しているのである。あるいは否定しているのである。もっと言えば、自分は何かを創造できない人間だと思っているのである。できないことが先で、自己否定が後なのではない。自己否定があるからできないままなのである。現に私自身も、特に10代、20代ぐらいの頃は、まさか自分が創造的だとは思っていなかったし、客観的に言っても違うと思う。しかし特に30代以降、創造性は増してきた。 では、創造性のハイパフォーマーを分析してみよう。よく、「アイデアマン」(もちろんアイデアウーマンでもいい。)と呼ばれる人がいる。あなたの周りにも1人は思い当たる方がいるのではないだろ...

新卒採用の隠れたイノベーション

ある企業では、新卒採用でイノベーションを起こしたと言って過言ではない。 イノベーションと言うと、例えば、iPodなどのように、それまでもあった市場の中にそれまでになかった製品(群)が登場して、それが顧客の生活・ライフスタイルを変えるほどのインパクトを与え、業界全体がこぞってそれに追随することで業界の暗黙の「ゲームの論理」が変わってしまうことを指すことが多い。 この企業は、顧客の生活・ライフスタイルや業界内のゲームの論理をまだ変えたとは言えないが、それは新卒採用というものの性質が関係していると思われる。新卒採用の場合は顧客市場とは違って、採用する人数は多くても数十人、数百人のレベルなので、顧客に広く浸透することは第一義のゴールではないとも言える。 もしそれが第一義のゴールの一つだとお感じになる採用担当の方がいらっしゃるとしたら、母集団形成のベンダーのうたい文句に毒されている可能性があるかもしれない。(冗談です。念のため。) また、業界全体を変えるという点についても、新卒採用は、ありとあらゆる企業が「一つの業界内にいる状態」である。つまり、異業種であっても直接的なライバルである。したがって、ライバルに真似されないやり方を続けている方がいい。 そういった、イノベーションにつきまとう表層的な特性を除けば、小さなコストで大きな効果を得たという意味で、この企業は明らかにイノベーションだったと言える。 そういうわけなので、当然のことながらここでもその方法論を明かすことはできないが、問題ない範囲で解説をしたいと思う。 何をしたか。それまでやっていたwebテストの代替として、当社の採用ドリル・アセスメントを導入していただいた。ただ、ここでしたいのは当社商品の自慢ではなく、この企業がそれを活用したことでイノベーション級の費用対効果を得たことである。 「採用ドリル・アセスメント」とは、自由記述・自動評価のアセスメントシステムであり、当社が開発したものである。近い考え方の競合商品はAIを使ったものだが、残念ながら競うほどの精度にあるものはまだ見たことがない。 そのどこが活かせたのかというと、同社が面接で使っている能力要件(コンピテンシー)と同じものを測定できるという点である。webテストが測るのは主に学力だが、学力と能力要件はあまり比例しないことも多い。学力を最初に測ってスクリーニングする...

新卒採用:「自己肯定感」を測定

ある製造業企業で、新卒採用で「自己肯定感」を測定している。 自己肯定感とは、自分自身を肯定的に捉え、自分の意志や希望に対して前向きに向き合い、その実現のために努力するといった感覚のことを言っている。 元々は、この企業の人事を見ていた部長が、ご自身の経験や社内外での学びから得た知見を基に、自己肯定感を新卒採用における能力要件の最重要項目の1つとして設定することを希望されていた。残念ながら、自己肯定感を測定するアセスメントはさほど多くはなかった。 当然のことながら、自己肯定感が低すぎるのは良くないが、高すぎるのも良いとは言えない。例えば、自身を過大評価して、現実的にできないことまでできるような気がしてしまう、ある意味、いわゆる「中二病」も高すぎる自己肯定感だろう。自分が現実には無力である部分もある程度客観的に把握した上で、「それでも自己を肯定する」とするような感覚とも言える。 ちなみに、自己肯定感は「能力」なのか、というと、判断の難しいところである。自己肯定「感」が、自己肯定「力」でないことからもそれを暗に示しているとも考えられる。能力の場合、本人が意識しようと思えば意識はできることが基本だと考えられる。能力には、トレーナブル(訓練可能)か、アントレーナブル(訓練不可能)かという側面もあるが、いずれも能力と言うことはできるが、これとはまた別である。 自己肯定感は、本人と親との関係性、幼少期から思春期にかけての経験の蓄積が大きな影響を与える社会的性格に属する要素だと考えられる。「性格」に近い要素になると、本人が意識して変えようとしても、不可能ではないが非常に難しいことになる。そう考えると「能力ではない」と結論付けたくもなるが、本人が意識して変えようとしても必ずしも理想的な変容ができるとは限らないのは能力も同じである。ただ、理想的な変容かどうかは別にして、能力の方が変えやすい。こうした意味で、自己肯定感は能力なのか、性格なのかというと、極めて微妙である。 話を元に戻すと、この部長は、ご自身の知見から、自己肯定感が本人の幸福実感度とほぼ比例していると考えていた。これは実証されたものではないかもしれないが、合理的である。 これは、私のインタビュー・アセスメント経験からもよく分かる話である。現在の自分がいかに幸福に恵まれた存在かという暗黙の前提があると...