当社では、イノベーション人材に求められる能力的な要件を用意している。これは、よくある社内のコンピテンシーとは扱い方が根本的に異なる。全ての要件が一定水準なくてはならないかというと、そういうわけでもない。あればあるほど素晴らしいが、一点集中突破型でもいい。
反省を込めて言うのだが、アセスメント結果を本人にフィードバックする時、本人の中で相対的に強みとして出てきた能力を褒めた上で、相対的な弱みを伸ばすことを促している。時々、「強みをもっと伸ばすという考え方をするのは良くないのか?」と訊かれるが、コンピテンシーの場合、足を引っ張るような弱みを解決する方が先決かもしれない。しかし、少なくともイノベーション人材の能力要件については、強みを伸ばす方向でもいいかもしれない。
その中で、イノベーション創出プロセスの中でとても重要な能力だが、非常に定義しにくいし、自分でコントロールして強化しようなどとするのが難しいために、当社の能力要件に入れていないものもある。その一例が「人望」と言ってもいいものである。
「あの人は人望がある」などという言い方をよく聞くが、一応、辞書で定義を調べると、だいたい、人望とは「大勢の人たちから尊敬されている状態」のことである。つまり、結果論なのである。尊敬を得るに至った過程で発揮した能力については何も示唆していない。
似たものとして「愛されキャラ」という日本語もある。「尊敬」とは少し違うのかもしれないが、「大勢の人たちから愛される性格(の持ち主)」というような意味だろう。これも結果論である。結果論だと、しかもそれが性格の話だと、自分では向上させるのが難しくなってくる。
イノベーション創出に大きく貢献した人達、特にリーダーシップを取った人達を見てみると、「人望」や「愛されキャラ」とでも呼ぶべきものをある程度共通して持っている。
この理由はある程度理解しやすい。イノベーション創出プロセスでは、従来ないことを創り出そうとしているため、そのモチベーションを継続させる拠り所が少なくなる。あるいは、イノベーションの種のようなものが、往々にして「無理難題」であることが多く、それでも「あなたの言うことなら協力してあげるか…」と思ってもらえるかどうかは確かに大きな要素である。
また、「人望」や「愛されキャラ」の難しさの1つは、それが性別あるいはジェンダーとある程度深く関わっていそうなことである。日本語で「あの人には人望がある」ということは女性に対してよりも男性に対して言われることの方が多いのではないかと思う。一方で「あの人は愛されキャラだ」ということは男性よりも女性に対して言われることの方が多いのではないかと思う。
ことイノベーション人材にとっては「尊敬」でも「愛されること」でも、協力さえしてもらえればどちらでもいいと思うので、ここでは「人望/愛されキャラ」としておく。他にも似た概念があると思うが、それもある程度含んでいると考えていいだろう。
さて、「人望/愛されキャラ」という結果論は、どういう行動や姿勢の結果なのか。これを研究するのも結構難しい。これまでの結果論がない関係において、どういう人がどういうことをすると、「人望/愛されキャラ」の称号を得たと言えるのか。お金をかければ様々な調査研究のやり方が選択肢になるかもしれないが、当然、予算の制約がある。
そんな中で、私達は素晴らしいチャンスを得た。「採用ドリル・アセスメント」を提供している企業から、その後の応募者たち(様々な大学の大学生)が数十人集まり、複数の小チームに分かれ、期限内に与えられたミッションに挑戦する場に、観察のために参加することを許可していただいた。参加者同士で予め築かれた関係性は、少なくとも同じチーム内では、あっても非常に少ないと言える。
「人望/愛されキャラ」の測定は、後半にあるチーム内の個人別の発表で、他メンバー全員の注目を集め、称賛を浴び、チームの方向性や方法に影響を与えるかどうか、その度合いによって行った。
それと同時に、前半で各人がどういう言動をとっていたかを見ておく。どういう言動(説明変数)が「人望/愛されキャラ」度(結果変数)に大きく影響するかを見極めるわけである。
あなたはどのようなことが説明変数になると思うだろうか。堂々とした姿勢やしぐさ?説得力のある話し方?積極的な働きかけ?見た目?
そうした言動も影響がないとは言い切れないが、その場で唯一、影響があるとはっきりわかった言動があった。それは「傾聴」だった。少し意外だったが、「なるほど!」と納得した。
「プロダクトアウトな傾聴力、マーケットインな傾聴力」という記事の中で、私はこんなことを書いた。
例えば、私はある実験をしたことがあり、その内容は別の機会にするが、そこでの結論的な発見だけ言うと、「『人望がある』と他人に見られる人は、人の話を(マーケットイン的な聞き方で)聞ける人である」ということである。
その場の前半では、メンバーが集まって議論する時間が中心なのだが、誰かが発言している時、他メンバーは下(手元の資料やノート)を見ていたり、その発言をあまり受けずに自分の話に持って行くなど、傾聴しているとしてもプロダクトアウトな傾聴をしていることが多い中、各チームに1人か2人、マーケットインな傾聴をしている人たちがいた。
それがどういう傾聴の仕方なのかについては、別記事「プロダクトアウトな傾聴力、マーケットインな傾聴力」をご覧いただきたいと思うが、つまり、発言者の発言を尊重し、自分が聴いているということを言葉やうなずき、笑顔などで伝え続け、深掘りの質問を投げかけ(=よく理解しようと努め)、共感したり称賛したりしていた。
そういう言動をしていた彼ら彼女らが発表する時、明らかに他メンバーの発表の時よりも、全員が非常に集中して聴き入り、その意見をどこかしら必ず採用していた。(他メンバーは自分の発表のために緊張しつつ準備をしていたり、考え事をしていたりすることも多い。)結果的にチームの中心的な方向性となったケースが半分以上だった。
「人望/愛されキャラ」は、傾聴力の発揮によって形成される。もちろん、それだけではないだろうが、傾聴は大きく影響することがわかった。
イノベーション人材とは、賢くて発想力があって行動力がある人材も必要だが、それ以上に、傾聴力が高い人が必要であり、その人が協力を呼び掛けることが不可欠であると言えそうである。
宮田 丈裕 (当社代表)
※この記事は、引用・リンクは自由にしていただけます。
ただし、当社の会社名、記事の著者名を引用していただくことと、
どのようなサイトなどのメディアで取り上げるかを
当サイトの「お問い合わせ」から当記事タイトルと共にご一報いただくことを
条件とさせていただいております。