イノベーション人材に求められる能力には色々ある。しかし「最低限これだけは共通して必要だ」というものは少ない。「我事化」や「知的好奇心」などといったところだと考えられる。しかし、それ以外では、「あればあるほどいい」し、「なければ始まらない」というわけでもない。
イノベーション人材に求められる能力というと、「創造性」「創造力」「クリエイティビティ」といった能力を一番先に思い起こす人が多いようだが、重要であることは間違いないが、唯一絶対の一番重要項目かというと、そうとは限らない。
私達は創造性のような能力を「(イノベーション人材に求められる)知的能力」に分類しているが、その一方で「(イノベーション人材に求められる)人間力」というカテゴリーもある。どちらの方が重要と言うことは難しいが、人間力が必要条件で、知的能力が十分条件のようなものだと考えられる。つまり、人間力は「なくてはならないもの」に近いが、それだけでイノベーションが起こせるわけではなく、その上に知的能力があって初めて実現できる可能性が出てくるわけだが、だからと言って保証されているわけでもない。人材育成やアセスメントに携わる者として、これほど難しいものはない。「難しい」と書いて「おもしろい」と読むのだが。
さて、そうした知的能力の中で重要なものの1つが「上位概念化」である。知財分野ではよく使われる用語でそこから転用したものであるが、意味は多少なりとも違う。上位概念化は知的能力の中でもとても難度が高く、これができる人というのはたくさんいるわけではない。少なくとも日常生活や一般的な職業の通常業務ではなかなか育ちにくい。
それでも重要なのは、特に「イノベーション・プロデューサー」の役割に特にこの能力が求められるからだ。(『イノベーション創出の最重要人物:「イノベーション・プロデューサー」』参照)
上位概念化とは、認識した具体的事象から抽象化し、上位概念を取り出すことである。上位概念とは、本質、構造、真の目的、共通性などのことで、どれも表面に現れて来ない。だから認識しづらいし、疑おうとも思わない。
例えば、テニスというスポーツにおいて、目に見えやすいのは試合結果や、ゲーム中の選手の動き方、表情などといったところだろうか。そうした段階を、一段上位概念化すると、試合中の統計のようなものがそうかもしれない。誰かが集計してくれればわかりやすいが、そうでなければ見えにくい。それによって「感覚的にはこの選手のサーブが良かったなという印象はあるけど、実際にこんなにサーブが決まっていたのか」などと試合を俯瞰することができる。
もう一段上位概念化してみよう。この選手はどの試合でもサーブが強い選手なのか。例えば、そうでもないかもしれない。むしろ、ゲームによって相手の弱点を突く戦術と綿密な準備が特長だとしたら、この選手のスタイル(つまり、プレーの共通性)がわかってくる。
このように本質を追究するような抽象化が上位概念化である。人間はどうしても具体的なことの方が認識・理解しやすく、抽象的なことの方が認識・理解しにくい。上位概念化も抽象的な思考プロセスなので捉えにくい。
もう1つ例を挙げれば、新幹線の車両の開発は有名な話である。流面系で、先が丸みを帯びて突起しているが、あれは1960年代に開通した新幹線の最初の車両の開発時にカワセミのくちばしを真似たそうだ。カワセミは水の中に飛び込んで食料を得るが、その飛び込む瞬間に抵抗を受けにくくなっている。その構造を流用したそうだ。
私が新幹線車両を開発していたとしたら、カワセミから学ぼうとするだろうか。なかなか思い付かないのではないかと思う。しかし、その開発の際にトンネルに入る時の轟音が問題になり、なぜ轟音が起きるかというと、その瞬間の空気抵抗が原因だったという。それと同じことがカワセミでも起きるわけで、水の抵抗を最小限にする方法を流用できれば、トンネルの空気抵抗も減らせるだろう、というロジックだ。
こうした思考法は「アナロジー思考」としても知られているが、その思考プロセスには上位概念化がある。
難度は高いのだが、この能力は物凄い威力を持つ。なぜなら、一見関係のない事柄から自分に関係のある事柄に役立てられる学びを得ることができるからだ。しかしながら、抽象度と難度の高さから、なかなかこの能力の持つ意味はわかりづらい。
それでも、イノベーションはこのような学びを起点として実現されることが往々にしてある。
この能力を伸ばすための方法は、どんなことでも構わないので、見聞きした話から自分に活かせる学びを抽出することである。それも、自分と同業の同じ職種の、自分よりも経験の深い人の話から学びを抽出するのは簡単かもしれないが、それをなるべく“遠く”の人からすることが効果的だ。
遠くから学びを得ることは、得てして、非常識的である。従来の方法にはないことが多い。だからイノベティブになる可能性が高まってくるのである。
(参考記事:『イノベーション失敗パターン③:【遠い人】』)
また、この能力のベースになるのは「知的好奇心」である。
また、そもそも論の問いを作ることも上位概念化の訓練になる。あまりに当たり前になっているために私達が特に意識することもない、というような暗黙の前提に気付き、それを疑ってみることである。詳しく知らないものの方がいいだろう。あなたが素人として、できれば顧客の立場になって「なんでこうでなきゃいけないの??」という風に思考する。これはまさにイノベーションの種になるし、『イノベーション創出の最重要人物:「イノベーション・プロデューサー」』のやるべき思考なのである。
宮田 丈裕 (当社代表)
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