「採用ドリル・アセスメント」活用の成功例として挙げられるのは、「採用ドリル・アセスメント」を最初の入社試験として応募者に課すことで「この会社に入りたい」と思っていただいた事例である。
この企業では、1週間以上にわたって、平日は毎日設問が出題される。最終出題日の翌日にはもう全問の締切なので、溜め込んでしまうとなかなか大変である。当初は、この企業の採用担当の方も、負荷をかけすぎてはいないかと心配していた。
もちろん、そういう方もいらっしゃることは否定できない。エントリーして、この試験の受験資格がある人のうち、およそ半数が全問回答できない、またはしない。平均すると1問あたりの回答に数百文字を書いているので、それだけでも、その期間はずっとこの企業のことが応募者の頭の中にあったことだろう。それを乗り越えただけでも、相当真剣にこの企業に入社したいと思っていることが見て取れる。実際、この企業では、全問回答がこの試験の第一条件である。
エントリーシートに、誰かのコピペかもしれない美辞麗句を「志望動機」としている応募者(もちろん、そうではなく、懸命に自分の言葉で書いている人たちもたくさんいるはずだが)を拾い上げるかもしれない… それがエントリーシートである。(参考記事:『御社ではしていませんか?【ひどい採用面接①】「いきなり志望動機の質問」』)
私は以前から、エントリーシート廃止論者である。もちろん、氏名や連絡先は必要だろうが、それ以外の意味のないことをなぜ書かせるのか、甚だ疑問である。ましてや、つぶさに読んでいない企業も多い。読まないかもしれないことをなぜ書かせるのか。
別の企業で、採用担当の方がこんなことを言っていた。「量が多くて大変なんですけど、読めというのが会長の教えで、仕方なく読んでいるんです。」会長のおっしゃる意味もよくわかる。しかし、目的なく読んでいる場合は、読んでいないことよりももっと問題かもしれない。それだけの時間を使って、どんな価値を出したのか。日本のホワイトカラー労働生産性が世界で何位なのか、ご存知なのだろうか。
「採用ドリル・アセスメント」は、日本(だけではないが)のホワイトカラー労働生産性を上げることに貢献するためにやっていると言ってもいい。生産性とは、アウトプット÷インプットである。生産性というと、インプットの効率性、つまり時間やコストの効率化の話とイコールで結び付けてしまう人も多いが、それだけではない。アウトプット、つまり創出する価値の最大化が必要だし、その方が生産性へのインパクトが大きい。
ちなみに、2019年頃の日本で盛んに叫ばれた「働き方改革」は、それまでが酷すぎたのでやる意味がなかったとまでは言わないが、アウトプットの最大化への解決策はないままでは意味があまりない。どこかで見たことがあるのだが、「時短すれば効率的になって、新たな発想を生む…」本気でそんなことを信じているのだろうか。
アウトプットの重要部分、つまり発想や構想などといったプロセスは、日本の学校教育では完全に不足している。唯一絶対の正解が存在して、それをいかに「効率的に」正確に出すかの教育が、発想力や構想力の向上にはあまり寄与してくれない。
しかしながら、私達が発見した、発想力や構想力などのアウトプット創出に優れたハイパフォーマーが共通して持っているのは、『その過程を面白がる』という特長である。調べてみると、それは既に社会心理学で「内発的動機が創造性を高める」という論文があったので、新たな発見ではなかったのだが。
(この辺りの話は別の機会にしたいと思う。)
さて、「採用ドリル・アセスメント」を活用した企業の話に戻ると、「採用ドリル・アセスメント」はこの法則を利用しているわけだが、この企業はこの法則をさらに利用したと言える。どういうことかと言うと、1週間以上連続で出題することで、発想力や構想力などが欠け気味の応募者は苦痛に感じやすいが、その能力が高い応募者は「面白かった」と感じやすいのである。内発的動機が作動しているからである。逆に言えば、前向きで楽しげな人は、そうでない人よりも発想力や構想力が高いと言える(「創造性とは、伸ばせる能力なのか?」参照)。
実際、この試験(自動解析)で上位の成績だった人たちは、もちろん全員ではないが、「回答を書くのが楽しかったです」といった感想を述べてくれるという。私達は、そのような、前向きさのスイッチを自分で押せる人にこそ、この企業に入社していただきたいと心から思ってこの試験を設計している。
それでも、応募者にとっては、物理的・精神的になかなか大変だろうと思う。学業や就活などで忙しい中、移動中では、書くのがスマホなどに限られるだろう。もちろん、スマホで書けないことはないし、スマホで書いている人も多いが、PCで書きたいという人も少なくないだろう。それを求めているわけでは全くないが、深夜の回答も多い。とにかく大変だろうということは想像に難くない。
しかし、そんな状況を乗り越えてやり切ると、当然ながらどう評価されるのかが気になるのが人間である。乗り越えたものが困難であればあるほど、成功すれば喜びも大きい。なかなか倒せない強敵がいるゲームの方が、簡単に倒せるゲームよりも面白いのと同じである。
したがって、「この会社に入りたい」と本気で思っている応募者が残ってくれるし、回答していくうちに「この会社に入りたい」とますます思ってくれる。
残念ながら不合格となって面接に行けなかった応募者がこういう主旨のメールをくれたそうである。「この試験は本当に難しかった。自分が落ちたのも納得できる。しかも、こんな凄い試験を通った人によってこの会社があるのかと思うと、凄い会社だなと思った。この会社のファンになった。」と。特に消費財企業には、このような側面も非常に重要である。
また、似たような事例として、ある企業の中でも不人気だった職種について、「採用ドリル・アセスメント」によって8割の人が「やってみたい」と答えたケースもあった。(「新卒採用:不人気配属先の人手不足を解決する」参照)
応募者の意志を無視して、「この会社に入りたい」と思わせようなどという誠実性に欠けることは一切考えていない。もちろん、この企業は全くブラック企業ではない。そういうこととは無関係に、挑戦することに付いてまわる困難、知的な面白さ、達成感などといったものは人生の歓びだと私は思う。「それがこの企業では自分で体験できる」と感じていただいているのだろうと思う。
そういう風に考える企業に使っていただきたいと思っている。「なんだか新しそうだからちょっとやってみて」という程度の企業には、大変申し訳ないのだがお断りしている。
宮田 丈裕 (当社代表)
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